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自殺したって何も美しくない年齢になってしまったなとぼんやりおもう。
– (via calendargirl)

(元記事: wanderskirt (hazy-moonから))

ただしデリダは「別れ」とは言わず「どちらかが先に死ぬこと」と語っている。「どちらかがかならず先に死ぬ」という事実によってふたりは結ばれてしまう。
以前「ナチの党大会みたいな群衆心理に絶対に引っかからない人間いますかねえ?」門倉直人氏に聞いたところ「いる。外部との同調不可能な人間。つまり統合失調症患者」社会全体として見ると彼らは一種の警報装置であり、狂人を完全に排除した社会ほど恐ろしい/狂ったものはないのだそうだ。

see/pass you again: 何冊かの本が、ひとりの女の子の、すこし大げさにいえば人生の選択を左右することがある。その子は、しかし、そんなことには気づかないで、ただ、吸い込...

何冊かの本が、ひとりの女の子の、すこし大げさにいえば人生の選択を左右することがある。その子は、しかし、そんなことには気づかないで、ただ、吸い込まれるように本を読んでいる。自分をとりかこむ現実に自信がないだけ、彼女は本にのめりこむ。その子のなかには、本の世界が夏空の雲のように幾層にも重なって湧きあがり、その子自身がほとんど本になってしまう。

須賀敦子『遠い朝の本たち』

see/pass you again: 夫はわたくしをジェスという名で呼びました。というのも、それは鷹が逃げないように頭に被せる頭巾を意味する言葉だったからです。わたくしは夫の鷹で...

夫はわたくしをジェスという名で呼びました。というのも、それは鷹が逃げないように頭に被せる頭巾を意味する言葉だったからです。

わたくしは夫の鷹でした。夫の腕にとまり、夫の手から餌をついばみました。彼は、わたくしの鼻を鋭くて冷たいと言い、わたくしの目には凶暴な光が宿っていると言いました。甘い顔をすればすぐに俺を八つ裂きにするのだろう、そうも言いました。

以前、彼女は足の指が僕と同じ形なのを発見してまるでなくしたコンタクトを見つけたような嬉しそうなしあわせそうな顔をした。それから自分の体に流れる血の痕跡を僕の体に見出す度に、彼女はそれを報告しながら僕を強く抱きしめ、そこを噛む。彼女に抱きしめられて、目をつむると、まるで羊水の中でゆらゆら揺らぐ胎児に戻ったような感覚に包まれる。

そして彼女の匂いは何かに似ている。懐かしい何かにとてもよく似ている。僕はそれがなんだか知っている。

「白髪みっけ」

頭に軽い痛みがはしって、僕はまどろみから目覚めた。ベットのそばの半開きになった窓から、やわらかい夏の西日が差し込んでいた。

「寝てるの?」

彼女は隣に寝転んだ僕の鼻を、抜いた白髪でつついて言った。

「ちょっと寝てた」

「寝ないでよ。あたし明日東京帰るんだから。時間がもったいないじゃない」

「ごめん、もう寝ない。でもそろそろ、うちの親帰ってくるんじゃないかな」

僕がそういうと、彼女は気の利いた悪戯でも思い付いたような顔をした。遠い昔にこんな顔をした彼女と、戸棚に隠されたモンブランケーキを盗み食いしたことを思い出した。母親が客に出すためにとって置いたそのモンブランはとろけるように甘くって、僕らは顔を見合わせて軽い罪の意識とその甘さを分け合った。

「ねえ」

「何」

「伯父さんと伯母さんがあたしたちの事にきづいたらどうなるかしら」

僕は彼女を掴んで引き寄せた。そして戸棚のモンブランをたいらげるように抱きしめた。懐かしい匂いがする。僕は生まれる前からこの匂いを知っている。

「びっくり、じゃあ済まないよな」

「あたし伯母さんに殺されるかも」

「その前に俺が叔父さんに殺される」

彼女は微笑んで僕の鼻を噛んだ。その唇がゆっくりと降りて来て僕の口をふさいだ。そして長い指で、僕の背中を強く、やさしく引っ掻いた。

彼女は学校が夏休みになると、墓参りと僕に会う為に毎年ここにやってくる。彼女は僕の恋人で、僕の従妹だ。彼女の体の中には僕と同じ血液が半分流れている。彼女は僕と同じ形の足の指を持っている。僕らはそれを共通の祖父母から受け継いだ。

「なんだかこうしてるとあたし向こうに帰りたくなくなるわ」

「一年に二回しか会えないからな。盆と正月だけ」

彼女は僕の首に唇を当てるとそこを強く吸った。

「たまにしか会えないから、こんな風にしたくなるのかな」

「どうなんだろ」

僕は彼女の耳を触りながら言った。小さい耳たぶがとても僕によく似ている。僕はそこを軽く噛んだ。

「ねえ」

「何」

「なんだか喉が渇いた」

「そうだな」

「マルガリータが飲みたい」

僕は肯いた。

軽く服を身につけた僕らは二階からキッチンに降りた。僕は冷蔵庫を開けて、そこからレモンとテキーラと南米土産のコアントローを取り出した。シェーカー代わりのジャムの瓶に氷と酒とガムシロップと絞ったレモンを入れて振った。彼女はテーブルにひじをついて、僕がマルガリータを作るのをじっと眺めていた。

「相変わらず随分適当な作り方ね」

「適当でも、うまいだろ」

「うん」

ジャムの瓶を開けて、グラスに中身をうつした。そして塩を一つまみ振って彼女の前に置いた。

僕はそれから自分のグラスにテキーラとオレンジジュースを半分づつ入れてスプーンでかき回した。そしてガムシロップを上からたらした。彼女は僕の酒ができるまでマルガリータに手をつけなかった。

「よくそんな甘いお酒が飲めるもんだわ」

彼女は僕の酒を指差して言った。

「ミックジャガーはこれが死ぬほど好きだったんだよ。ステージの前にはこれを必ず飲んで」

「だからあんな甘ったるい歌詞ばかり書いたのね」

「見た目ほど、これ甘くないんだけどな」

彼女は僕が椅子に座るとマルガリータを手に取った。

「冷たくておいしい」

濃密な夏の空気の中で、僕らはテキーラの入った酒を飲んだ。

四年前の夏、僕は二十歳になったばかりで彼女はまだ高校生だった。その頃僕らはまだ、ただの従兄妹同志だった。四年に一度、僕の住むこの街の浜辺では大きい花火大会が行われる。僕らはそれを見に二人で出かけた。彼女は海の上に花火がうちあがる度に手を叩いた。潮と火薬の匂いが辺りにたちこめていた。

花火を見たあと、僕は彼女を友人が集まる海沿いの店につれて行った。夏のあいだだけ営業するその店は僕らの溜まり場だった。

「ねえ、あの店まだあるの」

「あるんじゃないかな」

「あの店で初めてこれを飲んだのよ」

彼女はその店で僕の友人たちに歓迎された。そして僕が目を離している隙に彼女はマルガリータのグラスを手にして顔を赤くしていた。

「あの時はいきなり酔っ払ってるから、びっくりした」

「ジュースだよって渡されたのよ」

「家に帰ったら、高校生にお酒なんか飲ませてって、怒られた」

「ごめん。あなたが飲ませたわけじゃないのにね」

マルガリータを三杯平らげて、すっかり酔っぱらった彼女をつれて家に帰る途中、雨が降ってきた。その雨は次第に強くなった。その時になって天気予報が台風の接近を告げていたことを思い出した。僕らは公園の東屋に逃げ込んだ。

僕らはびしょぬれになって、その台風をやり過ごそうとした。風と雨は強くなるばかりでどうしようもなかった。彼女はベンチに腰掛けて、僕を不安げに見詰めた。塗れたTシャツが肌にはりついていた。

強い大粒の雨が東屋の屋根と壁を叩くようになると彼女は泣きそうな顔になった。僕は「怖いわ」と言って半泣きになった彼女を掴んで引き寄せた。塗れた体が少し震えていた。彼女は僕の名前を「ちゃん」をつけないで呼んだ。彼女はテキーラと、懐かしい何かの匂いがした。僕はそれがなんだか気づいて彼女を強く抱きしめた。

その夜、僕らは家に帰らなかった。

image

彼女はマルガリータを舐めるように飲みながら、僕の足の指を自分のそれでつまんだ。

「ねえ、いつからあたしの事好きだったの。まさかあの夜いきなり好きになったなんて馬鹿言わないわよね」

頬を軽く染めて僕に尋ねた。開いたキッチンの窓から涼しい潮風が流れてくる。

「そんな事はないけど。いつだろう。あの、二人でモンブランを盗み食いした時からかな。お前、堂々と戸棚から取り出して俺に渡したよな」

僕は小さい頃の記憶を掘り返して答えた。

「よくそんな昔の事憶えてるわね」

「そりゃあ、憶えてるよ」

「でも」

「でも?」

「あたしはその前からあなたの事が好きだったけどね。きっと、生まれる前からよ」

「そんな馬鹿な」

「嘘じゃないわよ。あなただってほんとはそうでしょう」

僕は微笑んだ。彼女の匂いは何かに似ている。懐かしい何かにとてもよく似ている。僕はそれがなんだか知っている。

彼女はマルガリータのグラスを手にとって眺めた。半分ほど残った白い液体がグラスの中で揺れた。

「ねえ」

「何」

「このお酒ってあたしたちみたい。あなたが飲んでるそれと、あたしが飲んでるマルガリータ」

「なんで」

「半分づつ、同じお酒が入ってて。あたしたちも半分同じ血が流れてて」

彼女は半分残ったマルガリータを、僕のグラスに注ぎ込んだ。

「混ぜてみたらどうなるかしら」

「どうなるのかな」

「そう言えば」

「うん」

「従兄妹どうしって結婚できるのよね」

僕らは、潮風と夏の空気と遠い記憶の中で、ながくキスした。

挿絵/8H

その人の正体とは、その人が背負っているもの、それだけではない。その人が背負いたがらないもの、否認するもの、見ようとしないものなどがその人を決定している。
caelestial:

untitled by Shintaro* on Flickr.

caelestial:

untitled by Shintaro* on Flickr.

自殺したって何も美しくない年齢になってしまったなとぼんやりおもう。
– (via calendargirl)

(元記事: wanderskirt (hazy-moonから))

(元記事: alicia-girl (ak47から))

ただしデリダは「別れ」とは言わず「どちらかが先に死ぬこと」と語っている。「どちらかがかならず先に死ぬ」という事実によってふたりは結ばれてしまう。
以前「ナチの党大会みたいな群衆心理に絶対に引っかからない人間いますかねえ?」門倉直人氏に聞いたところ「いる。外部との同調不可能な人間。つまり統合失調症患者」社会全体として見ると彼らは一種の警報装置であり、狂人を完全に排除した社会ほど恐ろしい/狂ったものはないのだそうだ。

see/pass you again: 何冊かの本が、ひとりの女の子の、すこし大げさにいえば人生の選択を左右することがある。その子は、しかし、そんなことには気づかないで、ただ、吸い込...

何冊かの本が、ひとりの女の子の、すこし大げさにいえば人生の選択を左右することがある。その子は、しかし、そんなことには気づかないで、ただ、吸い込まれるように本を読んでいる。自分をとりかこむ現実に自信がないだけ、彼女は本にのめりこむ。その子のなかには、本の世界が夏空の雲のように幾層にも重なって湧きあがり、その子自身がほとんど本になってしまう。

須賀敦子『遠い朝の本たち』

see/pass you again: 夫はわたくしをジェスという名で呼びました。というのも、それは鷹が逃げないように頭に被せる頭巾を意味する言葉だったからです。わたくしは夫の鷹で...

夫はわたくしをジェスという名で呼びました。というのも、それは鷹が逃げないように頭に被せる頭巾を意味する言葉だったからです。

わたくしは夫の鷹でした。夫の腕にとまり、夫の手から餌をついばみました。彼は、わたくしの鼻を鋭くて冷たいと言い、わたくしの目には凶暴な光が宿っていると言いました。甘い顔をすればすぐに俺を八つ裂きにするのだろう、そうも言いました。

以前、彼女は足の指が僕と同じ形なのを発見してまるでなくしたコンタクトを見つけたような嬉しそうなしあわせそうな顔をした。それから自分の体に流れる血の痕跡を僕の体に見出す度に、彼女はそれを報告しながら僕を強く抱きしめ、そこを噛む。彼女に抱きしめられて、目をつむると、まるで羊水の中でゆらゆら揺らぐ胎児に戻ったような感覚に包まれる。

そして彼女の匂いは何かに似ている。懐かしい何かにとてもよく似ている。僕はそれがなんだか知っている。

「白髪みっけ」

頭に軽い痛みがはしって、僕はまどろみから目覚めた。ベットのそばの半開きになった窓から、やわらかい夏の西日が差し込んでいた。

「寝てるの?」

彼女は隣に寝転んだ僕の鼻を、抜いた白髪でつついて言った。

「ちょっと寝てた」

「寝ないでよ。あたし明日東京帰るんだから。時間がもったいないじゃない」

「ごめん、もう寝ない。でもそろそろ、うちの親帰ってくるんじゃないかな」

僕がそういうと、彼女は気の利いた悪戯でも思い付いたような顔をした。遠い昔にこんな顔をした彼女と、戸棚に隠されたモンブランケーキを盗み食いしたことを思い出した。母親が客に出すためにとって置いたそのモンブランはとろけるように甘くって、僕らは顔を見合わせて軽い罪の意識とその甘さを分け合った。

「ねえ」

「何」

「伯父さんと伯母さんがあたしたちの事にきづいたらどうなるかしら」

僕は彼女を掴んで引き寄せた。そして戸棚のモンブランをたいらげるように抱きしめた。懐かしい匂いがする。僕は生まれる前からこの匂いを知っている。

「びっくり、じゃあ済まないよな」

「あたし伯母さんに殺されるかも」

「その前に俺が叔父さんに殺される」

彼女は微笑んで僕の鼻を噛んだ。その唇がゆっくりと降りて来て僕の口をふさいだ。そして長い指で、僕の背中を強く、やさしく引っ掻いた。

彼女は学校が夏休みになると、墓参りと僕に会う為に毎年ここにやってくる。彼女は僕の恋人で、僕の従妹だ。彼女の体の中には僕と同じ血液が半分流れている。彼女は僕と同じ形の足の指を持っている。僕らはそれを共通の祖父母から受け継いだ。

「なんだかこうしてるとあたし向こうに帰りたくなくなるわ」

「一年に二回しか会えないからな。盆と正月だけ」

彼女は僕の首に唇を当てるとそこを強く吸った。

「たまにしか会えないから、こんな風にしたくなるのかな」

「どうなんだろ」

僕は彼女の耳を触りながら言った。小さい耳たぶがとても僕によく似ている。僕はそこを軽く噛んだ。

「ねえ」

「何」

「なんだか喉が渇いた」

「そうだな」

「マルガリータが飲みたい」

僕は肯いた。

軽く服を身につけた僕らは二階からキッチンに降りた。僕は冷蔵庫を開けて、そこからレモンとテキーラと南米土産のコアントローを取り出した。シェーカー代わりのジャムの瓶に氷と酒とガムシロップと絞ったレモンを入れて振った。彼女はテーブルにひじをついて、僕がマルガリータを作るのをじっと眺めていた。

「相変わらず随分適当な作り方ね」

「適当でも、うまいだろ」

「うん」

ジャムの瓶を開けて、グラスに中身をうつした。そして塩を一つまみ振って彼女の前に置いた。

僕はそれから自分のグラスにテキーラとオレンジジュースを半分づつ入れてスプーンでかき回した。そしてガムシロップを上からたらした。彼女は僕の酒ができるまでマルガリータに手をつけなかった。

「よくそんな甘いお酒が飲めるもんだわ」

彼女は僕の酒を指差して言った。

「ミックジャガーはこれが死ぬほど好きだったんだよ。ステージの前にはこれを必ず飲んで」

「だからあんな甘ったるい歌詞ばかり書いたのね」

「見た目ほど、これ甘くないんだけどな」

彼女は僕が椅子に座るとマルガリータを手に取った。

「冷たくておいしい」

濃密な夏の空気の中で、僕らはテキーラの入った酒を飲んだ。

四年前の夏、僕は二十歳になったばかりで彼女はまだ高校生だった。その頃僕らはまだ、ただの従兄妹同志だった。四年に一度、僕の住むこの街の浜辺では大きい花火大会が行われる。僕らはそれを見に二人で出かけた。彼女は海の上に花火がうちあがる度に手を叩いた。潮と火薬の匂いが辺りにたちこめていた。

花火を見たあと、僕は彼女を友人が集まる海沿いの店につれて行った。夏のあいだだけ営業するその店は僕らの溜まり場だった。

「ねえ、あの店まだあるの」

「あるんじゃないかな」

「あの店で初めてこれを飲んだのよ」

彼女はその店で僕の友人たちに歓迎された。そして僕が目を離している隙に彼女はマルガリータのグラスを手にして顔を赤くしていた。

「あの時はいきなり酔っ払ってるから、びっくりした」

「ジュースだよって渡されたのよ」

「家に帰ったら、高校生にお酒なんか飲ませてって、怒られた」

「ごめん。あなたが飲ませたわけじゃないのにね」

マルガリータを三杯平らげて、すっかり酔っぱらった彼女をつれて家に帰る途中、雨が降ってきた。その雨は次第に強くなった。その時になって天気予報が台風の接近を告げていたことを思い出した。僕らは公園の東屋に逃げ込んだ。

僕らはびしょぬれになって、その台風をやり過ごそうとした。風と雨は強くなるばかりでどうしようもなかった。彼女はベンチに腰掛けて、僕を不安げに見詰めた。塗れたTシャツが肌にはりついていた。

強い大粒の雨が東屋の屋根と壁を叩くようになると彼女は泣きそうな顔になった。僕は「怖いわ」と言って半泣きになった彼女を掴んで引き寄せた。塗れた体が少し震えていた。彼女は僕の名前を「ちゃん」をつけないで呼んだ。彼女はテキーラと、懐かしい何かの匂いがした。僕はそれがなんだか気づいて彼女を強く抱きしめた。

その夜、僕らは家に帰らなかった。

image

彼女はマルガリータを舐めるように飲みながら、僕の足の指を自分のそれでつまんだ。

「ねえ、いつからあたしの事好きだったの。まさかあの夜いきなり好きになったなんて馬鹿言わないわよね」

頬を軽く染めて僕に尋ねた。開いたキッチンの窓から涼しい潮風が流れてくる。

「そんな事はないけど。いつだろう。あの、二人でモンブランを盗み食いした時からかな。お前、堂々と戸棚から取り出して俺に渡したよな」

僕は小さい頃の記憶を掘り返して答えた。

「よくそんな昔の事憶えてるわね」

「そりゃあ、憶えてるよ」

「でも」

「でも?」

「あたしはその前からあなたの事が好きだったけどね。きっと、生まれる前からよ」

「そんな馬鹿な」

「嘘じゃないわよ。あなただってほんとはそうでしょう」

僕は微笑んだ。彼女の匂いは何かに似ている。懐かしい何かにとてもよく似ている。僕はそれがなんだか知っている。

彼女はマルガリータのグラスを手にとって眺めた。半分ほど残った白い液体がグラスの中で揺れた。

「ねえ」

「何」

「このお酒ってあたしたちみたい。あなたが飲んでるそれと、あたしが飲んでるマルガリータ」

「なんで」

「半分づつ、同じお酒が入ってて。あたしたちも半分同じ血が流れてて」

彼女は半分残ったマルガリータを、僕のグラスに注ぎ込んだ。

「混ぜてみたらどうなるかしら」

「どうなるのかな」

「そう言えば」

「うん」

「従兄妹どうしって結婚できるのよね」

僕らは、潮風と夏の空気と遠い記憶の中で、ながくキスした。

挿絵/8H

その人の正体とは、その人が背負っているもの、それだけではない。その人が背負いたがらないもの、否認するもの、見ようとしないものなどがその人を決定している。
iyoupapa:


The long rows (via Giara.)
(c) 2011 Giara. under CC-BY-NC-ND license.

iyoupapa:

The long rows (via Giara.)

(c) 2011 Giara. under CC-BY-NC-ND license.

(reretletから)

"自殺したって何も美しくない年齢になってしまったなとぼんやりおもう。"
"ただしデリダは「別れ」とは言わず「どちらかが先に死ぬこと」と語っている。「どちらかがかならず先に死ぬ」という事実によってふたりは結ばれてしまう。"
"以前「ナチの党大会みたいな群衆心理に絶対に引っかからない人間いますかねえ?」門倉直人氏に聞いたところ「いる。外部との同調不可能な人間。つまり統合失調症患者」社会全体として見ると彼らは一種の警報装置であり、狂人を完全に排除した社会ほど恐ろしい/狂ったものはないのだそうだ。"
"

以前、彼女は足の指が僕と同じ形なのを発見してまるでなくしたコンタクトを見つけたような嬉しそうなしあわせそうな顔をした。それから自分の体に流れる血の痕跡を僕の体に見出す度に、彼女はそれを報告しながら僕を強く抱きしめ、そこを噛む。彼女に抱きしめられて、目をつむると、まるで羊水の中でゆらゆら揺らぐ胎児に戻ったような感覚に包まれる。

そして彼女の匂いは何かに似ている。懐かしい何かにとてもよく似ている。僕はそれがなんだか知っている。

「白髪みっけ」

頭に軽い痛みがはしって、僕はまどろみから目覚めた。ベットのそばの半開きになった窓から、やわらかい夏の西日が差し込んでいた。

「寝てるの?」

彼女は隣に寝転んだ僕の鼻を、抜いた白髪でつついて言った。

「ちょっと寝てた」

「寝ないでよ。あたし明日東京帰るんだから。時間がもったいないじゃない」

「ごめん、もう寝ない。でもそろそろ、うちの親帰ってくるんじゃないかな」

僕がそういうと、彼女は気の利いた悪戯でも思い付いたような顔をした。遠い昔にこんな顔をした彼女と、戸棚に隠されたモンブランケーキを盗み食いしたことを思い出した。母親が客に出すためにとって置いたそのモンブランはとろけるように甘くって、僕らは顔を見合わせて軽い罪の意識とその甘さを分け合った。

「ねえ」

「何」

「伯父さんと伯母さんがあたしたちの事にきづいたらどうなるかしら」

僕は彼女を掴んで引き寄せた。そして戸棚のモンブランをたいらげるように抱きしめた。懐かしい匂いがする。僕は生まれる前からこの匂いを知っている。

「びっくり、じゃあ済まないよな」

「あたし伯母さんに殺されるかも」

「その前に俺が叔父さんに殺される」

彼女は微笑んで僕の鼻を噛んだ。その唇がゆっくりと降りて来て僕の口をふさいだ。そして長い指で、僕の背中を強く、やさしく引っ掻いた。

彼女は学校が夏休みになると、墓参りと僕に会う為に毎年ここにやってくる。彼女は僕の恋人で、僕の従妹だ。彼女の体の中には僕と同じ血液が半分流れている。彼女は僕と同じ形の足の指を持っている。僕らはそれを共通の祖父母から受け継いだ。

「なんだかこうしてるとあたし向こうに帰りたくなくなるわ」

「一年に二回しか会えないからな。盆と正月だけ」

彼女は僕の首に唇を当てるとそこを強く吸った。

「たまにしか会えないから、こんな風にしたくなるのかな」

「どうなんだろ」

僕は彼女の耳を触りながら言った。小さい耳たぶがとても僕によく似ている。僕はそこを軽く噛んだ。

「ねえ」

「何」

「なんだか喉が渇いた」

「そうだな」

「マルガリータが飲みたい」

僕は肯いた。

軽く服を身につけた僕らは二階からキッチンに降りた。僕は冷蔵庫を開けて、そこからレモンとテキーラと南米土産のコアントローを取り出した。シェーカー代わりのジャムの瓶に氷と酒とガムシロップと絞ったレモンを入れて振った。彼女はテーブルにひじをついて、僕がマルガリータを作るのをじっと眺めていた。

「相変わらず随分適当な作り方ね」

「適当でも、うまいだろ」

「うん」

ジャムの瓶を開けて、グラスに中身をうつした。そして塩を一つまみ振って彼女の前に置いた。

僕はそれから自分のグラスにテキーラとオレンジジュースを半分づつ入れてスプーンでかき回した。そしてガムシロップを上からたらした。彼女は僕の酒ができるまでマルガリータに手をつけなかった。

「よくそんな甘いお酒が飲めるもんだわ」

彼女は僕の酒を指差して言った。

「ミックジャガーはこれが死ぬほど好きだったんだよ。ステージの前にはこれを必ず飲んで」

「だからあんな甘ったるい歌詞ばかり書いたのね」

「見た目ほど、これ甘くないんだけどな」

彼女は僕が椅子に座るとマルガリータを手に取った。

「冷たくておいしい」

濃密な夏の空気の中で、僕らはテキーラの入った酒を飲んだ。

四年前の夏、僕は二十歳になったばかりで彼女はまだ高校生だった。その頃僕らはまだ、ただの従兄妹同志だった。四年に一度、僕の住むこの街の浜辺では大きい花火大会が行われる。僕らはそれを見に二人で出かけた。彼女は海の上に花火がうちあがる度に手を叩いた。潮と火薬の匂いが辺りにたちこめていた。

花火を見たあと、僕は彼女を友人が集まる海沿いの店につれて行った。夏のあいだだけ営業するその店は僕らの溜まり場だった。

「ねえ、あの店まだあるの」

「あるんじゃないかな」

「あの店で初めてこれを飲んだのよ」

彼女はその店で僕の友人たちに歓迎された。そして僕が目を離している隙に彼女はマルガリータのグラスを手にして顔を赤くしていた。

「あの時はいきなり酔っ払ってるから、びっくりした」

「ジュースだよって渡されたのよ」

「家に帰ったら、高校生にお酒なんか飲ませてって、怒られた」

「ごめん。あなたが飲ませたわけじゃないのにね」

マルガリータを三杯平らげて、すっかり酔っぱらった彼女をつれて家に帰る途中、雨が降ってきた。その雨は次第に強くなった。その時になって天気予報が台風の接近を告げていたことを思い出した。僕らは公園の東屋に逃げ込んだ。

僕らはびしょぬれになって、その台風をやり過ごそうとした。風と雨は強くなるばかりでどうしようもなかった。彼女はベンチに腰掛けて、僕を不安げに見詰めた。塗れたTシャツが肌にはりついていた。

強い大粒の雨が東屋の屋根と壁を叩くようになると彼女は泣きそうな顔になった。僕は「怖いわ」と言って半泣きになった彼女を掴んで引き寄せた。塗れた体が少し震えていた。彼女は僕の名前を「ちゃん」をつけないで呼んだ。彼女はテキーラと、懐かしい何かの匂いがした。僕はそれがなんだか気づいて彼女を強く抱きしめた。

その夜、僕らは家に帰らなかった。

image

彼女はマルガリータを舐めるように飲みながら、僕の足の指を自分のそれでつまんだ。

「ねえ、いつからあたしの事好きだったの。まさかあの夜いきなり好きになったなんて馬鹿言わないわよね」

頬を軽く染めて僕に尋ねた。開いたキッチンの窓から涼しい潮風が流れてくる。

「そんな事はないけど。いつだろう。あの、二人でモンブランを盗み食いした時からかな。お前、堂々と戸棚から取り出して俺に渡したよな」

僕は小さい頃の記憶を掘り返して答えた。

「よくそんな昔の事憶えてるわね」

「そりゃあ、憶えてるよ」

「でも」

「でも?」

「あたしはその前からあなたの事が好きだったけどね。きっと、生まれる前からよ」

「そんな馬鹿な」

「嘘じゃないわよ。あなただってほんとはそうでしょう」

僕は微笑んだ。彼女の匂いは何かに似ている。懐かしい何かにとてもよく似ている。僕はそれがなんだか知っている。

彼女はマルガリータのグラスを手にとって眺めた。半分ほど残った白い液体がグラスの中で揺れた。

「ねえ」

「何」

「このお酒ってあたしたちみたい。あなたが飲んでるそれと、あたしが飲んでるマルガリータ」

「なんで」

「半分づつ、同じお酒が入ってて。あたしたちも半分同じ血が流れてて」

彼女は半分残ったマルガリータを、僕のグラスに注ぎ込んだ。

「混ぜてみたらどうなるかしら」

「どうなるのかな」

「そう言えば」

「うん」

「従兄妹どうしって結婚できるのよね」

僕らは、潮風と夏の空気と遠い記憶の中で、ながくキスした。

挿絵/8H

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"その人の正体とは、その人が背負っているもの、それだけではない。その人が背負いたがらないもの、否認するもの、見ようとしないものなどがその人を決定している。"

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